Hatena::Groupc-kaiwai

ロックせよ

ロックせよ

ロックはおそらく、音楽のジャンルとしてのそれと、その音楽を支える精神的活動及び、それに基づく行動を指す。ただし、ロックという音楽は多様であるため、それを支える精神性も多様である。たとえば「ロックする」といった動詞的な活用をする場合、その語の使用者のロック観がすでに表明されている必要がある。ただし、ロック·ミュージックに対して深い造詣があるわけでもないのに「ロックする」という言葉を使ってモテようとしたり、自分で意味の分からないことを言って「要するにロックせよ! ってことです」と言ってはぐらかし、漠然とした共感を得ようとしたりする頭の悪さ、そもそも論理的思考の足りなさ、ひいては呼び掛けに応えた者に対する不誠実さには閉口せざるを得ない。それは、たとえばちょっとした仲良し会にわざわざ「学会」という大袈裟な冠を付し、少ない語彙を駆使して難しいことを言おうとして、バカボンのパパのセリフみたいになっている様子はアカデミズムから除外されたルサンチマンなのか、単なる権威主義なのかよくわからないが、そのような態度から生まれがちである。また、文語のサ変を用いての命令形の使用からは、文語権威主義を見出せる。現代語に直すと「ロックしろ!」という命令と取れるのでなおさら不快さは増す。あるいは、「ロックせよ」というのはギャグで、「~セヨ」とよくある韓国語語尾ギャグなのかもしれない。

↓参考動画

℃太郎メッセージ

ちなみに自分はアンチ·ロックが高じて(ロックなんてだせえよ、みたいな?)

ファンクにいったみたいなところがあります…

「俺の指の匂いを嗅げ」

ロックという言葉の聞こえの良さに魅力を感じるのはなんとなく理解できないでもないが、いやしくも「論」とか「学会」を名乗る文章の書き手が知らないことを大げさに書くのはいかがか。論文の書き方の本とかもっと読んだ方が良いんじゃないかな? ちゃんと根拠を上げて、わかりやすく簡潔に書くことをこころがけましょう。

〔以上、森●が書きました。たんぽりんやヨマヨマさんにさとされたような気がしたのできつい表現を変えました。ver.2.0